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大劇場への旅・番外編?

稔幸さんのオスカル様を追って、宝塚大劇場へ行ったことが格別の夢のようなことだった

と書くと、いい大人が何を言っているんだ、飛行機も新幹線もある時代に兵庫は地の果てではなかろうに……と思われるかも知れない。自分でもなにやらおかしい。
でも事実は事実。
チケットを取るにも苦労したし、幼子を抱えているとなればもう一苦労。暇だけは有り余っているがその暇は幼稚園にも通っていない子供がいれば9割方はその子供のために費やされる。

パート1とパート2では「ベルばら狂想曲」とでも呼びたいような、8月と9月に宝塚大劇場へ計2往復して4公演を観たという体験を記してみた。
このほかに、私は2回大劇場へ行っている。
本当の初めての大劇場は、パート1にちらりと書いたとおり、紫苑ゆうさんのさよなら公演を観るために。
2度目は1999年。宝塚を退団したら一切の芸能活動はしないと公言し、事実そうしていたしめさんが、長い沈黙を破り、阪神淡路大震災のためのチャリティーということでリサイタルを行った。
今回は、その話を。

しめさんがリサイタルをする。

その情報をどこから得たのだったか。
人様から教えてもらったことは確か。
行きたい。でもチケットを入手するのは並や大抵の難しさではないはず。行きたい。でも小さい子を抱えているし(3人の子供は8才、7才、2才)オットは許してくれるだろうか?
ということで、オットに聞いてみた。
答えは、
   チケットが手にはいるなら行ってみれば?
だった。
チケットを手に出来るはずがない とオットは踏んでいたようである。
だがしかし。
私は友人のおかげでチケットを手にすることができた(後年、東京公演ベルばらの当日券を私は彼女から譲り受けることになる)。
オットは快く?送り出してくれた。文句の1つも言わなかった。

チケットを入手してくれた友人は、せっかく大劇場へ行くのだからと、同じ日の雪組公演のチケットも入手してくれた。その公演には「グイン・サーガ」という小説に出てくる登場人物、アルド・ナリスさまを彷彿とさせる出で立ちで舞台に立つ香寿たつきさんがいた(主演ではない)。勿論、故意に似せたのではなくて偶然だと思うが、黒髪ストレートのなが~い御髪は私にとってはアルド・ナリスさまであったので、当時は少々ショックであった(^^;)(後年、私は香寿アンドレに心奪われるのだが)。
少々逸れたが、お久しぶりのしめさんのリサイタルは素敵だった。
夢の時間は矢のごとくに過ぎ去る。同行した友人以外にも、色々見知った顔に出会ったり、出待ち(スターさんが楽屋から出てくるのを待ち受けること)もしたりして高揚した気分のまま帰路についた。

往路の記憶はほとんどないのだが、たしか新幹線で行ったと思う。
復路は夜行バス。夜遅くに大阪を出発し、早朝の新宿に着く。
夜行バスなんて、箱入り主婦には生まれて初めての体験。背もたれを倒すレバーを探し当てるにもドキドキした。
着いた早朝の新宿も初めて。新宿には行ったことあるけれど、朝の6時だか7時なんて。
友人と私の3人で喫茶店に入り(伯爵だか公爵だかいう名前だった……)、朝食をとる。専業主婦2人と独身OLが1人。まさかこんな旅をするとはね~! 本当に行ってきちゃったね! とまだまだハイテンションだったと思う。

でも行けたのは、(独身OLの友人もいたが)専業主婦で時間の融通がつくのが最大の利点だった。子守りさえ確保してしまえば、休みを調整する必要もない。
主婦でよかった! と友人と喜び合った、と記憶しているが…(違うかな?)。
お喋りを楽しんだ後、私たち3人はそれぞれの家へ向かった。
こんな時間に出かけるならともかく、帰宅してくる姿をご近所さんに見とがめられたらどう思われるかしらとドキドキしながら……。あぁ私ってつくづく小心者。

そして最後に。
チケット獲得に奔走してくれたともだち、○○ちゃん、本当にありがとう!
……○○ちゃんには、ベルばらの東京公演と大劇場公演の合間に全国ツアーとして上演された、のるさん主演の「風と共に去りぬ」のチケットまでお世話になってしまっている。もう私は彼女のおうちの方角には足を向けて寝られない。

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