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役員放浪記【小学校篇・5】

4を書いてみて、まだまだ冷静には思い出せないということがわかりました。
暴露や中傷になってはいけないと考えながら書いていますが、グチ以上にはならないようです。

さてさて。
なぜ、最初は文章(アンケートの設問)を訂正すればよいかのような対応を繰り返しておいて、こちらから問い合わせしてから初めて『企画自体がだめ』と言うのか。まわりくどいやり方についてなぜなのか尋ねましたが答えはありませんでした。

懇談会に言及するのは保護者の分を超えている、校長先生に対して失礼だと決めつけられたのは心外でした。懇談会をなくしたいわけではなくその逆だと説明しましたがこれも徒労。とにかく懇談会はアンタッチャブル、の一点張り。

アンケートをとって、いろんな意見を掘り起こしてどうするのだとも言われました。集計と分析はするけれども答えを出す必要はないはずと言っても通じず。アンケートをとるということは、一般の保護者は『何か解決策を出してくれる』と思いこむ。だからアンケートに答えるのだ。それをしないのは無責任ということでした。


記憶がちょっと混乱しているのですが。
ここで、アンケートの内容を懇談会に言及しないものに変えたと思います。懇談会にふれるのが失礼千万だというのならば、と。
アンケートは、PTA役員をやったことがあるかとか、やらないのはなぜかなどを問うものに変わりました。


それでも、PTA会長と学校側の態度は変わりませんでした。
触れてはいけないものに私たちが手をつけたかのような雰囲気がありました。
広報紙スケジュールに間に合わなくなりそうで、私がPTA会長に、委員長が学校に原稿を持参し説明もしましたが、私も委員長も1時間以上、相手と押し問答をすることになりました。
委員長は多くを語りませんでしたが。
会長と話した私は信じがたかったです。学校や校長の立場というものに考えが及ぶのは会長として当然なのでしょう。でも。会長は保護者の代表だと私は思っていました。私や委員長が勘違いも甚だしいというのならば、それに対してダメの一点張りではなく、『ならばこういう切り口・方法でどうですか』とアドバイスくらいくれてもいいのではないのか、と。実際そう訴えてみましたが、これに対しての返事はありませんでした。
目の前の会長は校長の秘書か代弁者でもあるかのようなことを、同じ事を、手を変え品を換え繰り返すのみだったのです。

そして、私たちはアンケート内容(表現)を変えました。
最初の案からすると、歯に衣着せたといいますか、とっても遠回しな言い方になりました。
1番問いたい設問も外しました。

委員長と私とで会長に原稿を持参したところ。
会長はOKを出しました。
出したどころか。
会長として、PTA会員に聞きたいことがある。『PTA(組織)を必要と思っているかどうか知りたい。設問を加えてくれますか』と言ってきたのでした。
驚いたのはこちらです。
今まで散々だめだとのらくらと逃げられてきたのに、だからあきらめて削った質問なのに。
会長さんが聞きたいんですね、と確認して、加えました(こちらも願ったりでした)。
これには学校側も驚いていました。会長が承諾したのならばということでOKがおりました。
でも、当時の教頭先生は、その原稿をOKとして委員長に手渡しながらも、傲慢ですねと言ったそうです。私、忘れられません。

OKが出た翌日には数人の広報委員で印刷をし、配布するために用意をして。
先生の手を介して児童に配布してもらいますので、職員室に置きに行きましょうとなった時。

彼らが乗り込んできたのでした(ああもうだめ。これ以上要約するなんてできません)。

教頭とPTA会長と副会長、書記さんなどの本部役員さん数名です。
手紙(アンケート)の配布に待ったをかけにきたのです。私たちは手紙を手にして職員室に行きかけていましたからあちらは焦ったのでしょう、すごい形相でした。
モンダイは、私たちがわざわざ削ったのに会長の希望でいれた設問でした。
こんなことを尋ねて、いらないという意見が大半を占めたらどう責任をとるのか。あなた達は間違っている。このアンケートは大きな問題提起である。なのにアンケートをとるだけで放り投げようとしている。私たち本部役員に全部後始末させるつもりなのか。
……みたいなことを言われました。なんだか一連のなかですっかりお馴染みになった文言です。
まくしたてたのは主に副会長。
私たちは決められた手順を踏んで決裁をとり、作成していますからこの期に及んでのこの糾弾?は青天の霹靂です。というか心外。
またもやアンケートに対しての私たちの考え方を説明しましたが、通じず。
きっと両者の間に、有名なバカの壁がそびえたっていたものと思われます。
会長が聞きたいと仰ったから入れたまで、と言っても無視されて糾弾されつづけました。
会長は下向いて黙ったまま(なぜ?)。教頭と副会長が私たちをにらみ据えています(と、私には感じられました)。

私は正直、怖く感じていました。
話しも通じないし、この剣幕。会長は下向いてるし。
よくぞ我らが委員長が憶せず反論したものです。どうやらあちらはちょっとは打ち合わせをしたうえで乗り込んできた様子がありましたが、私たちには突然だったので委員長の意志と齟齬を来してはという思いもあり、私はなるべく喋らないように……でも委員長だけを矢面に立たせるのは申し訳ないし……と逡巡しているうちに、私は恐怖感はどこへやら、沸騰してしまいました。
こちらの話しなんか聞いちゃいないもの、説明したって無駄だよ、委員長!
……この啖呵?をして、同席した広報委員のYさんは「副委員長はおそれを知らぬ肝っ玉母さん」と私を後日評してくれたのは余談ですが……(委員長には笑われました、自分より先に啖呵きったと)。

最後の最後に。
やっと会長が口を開きました。私が入れてくれといって加えた設問ならば、取り下げて欲しいといったら削ってくれますか、と。
バカらしくなっていた私たちは削りますよと答え。
刷り直しとなりました。

400部近くの印刷されてしまったプリントは、広報委員でわけて持ち帰りました。裏は白紙だからもったいない、と。大半を私が持ち帰り、「汗と涙の結晶」と名付け、子供たちの計算用紙に使われました。使い切ったのは最近です。

これが騒動の顛末。
世間知らずの打たれ弱い私が、学校不信、会長不信になるには十分な出来事でした。
会長が本音で語った部分なんて、「PTAが必要か聞きたい」という一言だったと思います。すぐに撤回しちゃいましたが。
本音で話せない。それも情けなかった。いやバカらしかった? こちらがどんなに本音を語ってもたてまえを崩せない人。
こんな人は信用できないと思いましたが、まぁ私が会長と仕事するなんてあり得ないことですから、うっちゃっておきました。あちらもほとほと私のことを呆れたと思っていました。度重なる押し問答をして、あまりの“のれんに腕押し”的な感触に悔しくて泣いたこともあります。いや、泣きながら怒ったことが。勿論、敵の前ではそんな姿はさらしませんが。

後日、あの『乗り込み?事件』で舌鋒鋭く私たちを責めた副会長が、委員長に言ったそうです。
  私たち、あの時は衝突したけれど根っこの子供たちを思う気持ちは一緒なのよ
私はうそでしょ~~ と嫌悪感丸出しでしたが、大人の委員長はフフフと一笑。
会長も、やはり、委員長にむかって「きっと呆れたでしょうね」と言ったそうで。一体なんなんでしょうねぇ。
 
とんでもない地雷を踏んでしまったような騒動もありましたが、広報の仕事は楽しかったです。移動図書館を取材させてもらったり、先生紹介号では本校初、A3版でカラー刷りの美麗なものができて自画自賛。読売新聞はPTA広報紙コンクールとかいうものを開催していまして、それにも応募しました。これは入賞できなくても具体的に批評してくれる親切なコンクールです。
でも今は、学校側で写真を多用した学校便りみたいなものを発行しているので、それと重ならない紙面作りは難しいように思います。学校に取材許可を求めても、理由を明示せずに渋々OKを出されるよりは、はっきりとこれこれだからと説明してくれればよいものをそうしてもらえなかったりすると、すっきりしませんしね。
この記事を書くにあたり、随所に 『私たち』という表現を用いましたが、全てを委員長と私とで決めたわけではありません。勿論2人で骨子を考えたこともあれば、その時その時の集まったメンバーだったこともあります。
学校の役員はこりごりと思いましたが、その2年後には私は卒対委員をやったり、今も図書ボランティアに登録したりしてます。末っ子の学年で役員をやっていないのでやらなければとも思っています(来年あたり?)。
会計を担ってくれたAさんも頼りになったし、いつも笑顔のBさん、忙しくて担当ぎりぎりの仕事しかできなかったけれど知識があって頼りになったCさん、などなど、素敵なメンバーに恵まれたのも幸せでした。PTA役員を受けるのは自分探しでもあると言っていた委員長には、泣き虫の副委員長で申し訳なかった、私だけが勉強になってしまったかしらと思いつつ。
なが~くなってしまいましたが、広報委員会篇、一応終わりです。

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コメント

 藤娘さん、こんにちは。

 今まで、PTAの活動を本当に頑張ってこられたのですね。

 他校のPTA会員さんとはいえ、それほど真剣にPTA活動に取り組まれている姿勢がうかがい知れて、
とてもうれしく思いました。

 この放浪記を読んで、私もどこかで、ウチの委員さん方のモティベイションを下げるようなことをしていないか考えさせられました。
 そういった意味で、藤娘さんに感謝しています。


 私は、PTAという組織の中では、学校長を部下だと考えています。ですから、時には「却下します」だの「認められん」だの「アカン!」などと言い渡します。
 必要があれば、「……をPTA会長として指示します」だの「これはPTA会長としての業務命令です」と言い切ります。
 もちろん、学校という組織では、学校長がトップですし、学校運営には口を出しません。ひとりの人間として学校長を尊敬した上で、PTAという組織の中においては、部下だと考えています。

 むしろ、委員さんと接するときの方が気を使ってしまいます。全てを自分ひとりでできない以上、誰かに手伝ってもらわなければなりませんから。

 私にとって学校長は部下。
 委員さんはお客さまですね。


 藤娘さん、学校のためでも本部役員のためでもなく、こども達が安全で快適な学校生活を送れるよう、これからも顔晴(がんば)ってくださいね。 
 応援しています。

 

 

投稿: Jay | 2005年12月 7日 (水) 12時02分

Jayさん
 
Jayさんみたいな会長さんがいらしたら、役員さんも働きがいがあるというものです。保護者側の視点を持っていないPTA役員なんてとんでもありません。

でも根回しの末になぁなぁでやっていけない私が世間知らずなのかしら。だったら大人になるって寂しいことだと、当時は叫んでいました(^^;) 今でも思ってますが。

顔晴る とはJayさんの造られた言葉ですか? いいですね、肩の力が抜ける感じです。
今の私はとんでもなく後ろ向きでかつてのような情熱はないのですが、でも子供のためならば黙るつもりもありません。
そう、なんで学校に顔出すかって、子供のためなのですものねぇ。

素敵なコメントありがとうございました。

投稿: 藤娘 | 2005年12月 7日 (水) 16時18分

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