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役員放浪記【小学校篇・8】

卒対役員体験記、少々間があいてしまいました。
青天の霹靂で役員になってしまい。
とまどいながらもがむしゃらにつきすすんで。
事細かに書くのも芸がないですが、かいつまんでも、お約束の「それなりの達成感はあった」みたいなことに落ち着いてしまうのですが……

ご用とお急ぎでない方は、続きをどうぞ。

適材適所でそれぞれが力を発揮し、協力し合った頑張った。
というのは、偽らざる感想ですが。
前回も書きましたが、それでもやはり時間が自由になる人間でなければやりにくい(出来ない、というのはイヤです)仕事がありまして、私とHさん、Tさんの3人はなかなかな経験をしました。
連日、朝から夕方まで学校の一室に集まって作業したり。学校でないとできない作業、というのが多いのですよ。
謝恩会で飲食する飲食物の買い出しに行ったり。これが1つのお店で済まないので、あっちこっちに安いのおいしいのと走り回るわけです。
お互い、銀行へ家計費をおろしに行く暇もない、みたいな時がありました。会議に30分遅れるよと連絡があったかと思うと、コンビニ設置のATMでばったり、なんてね。笑っちゃいました。

卒対として活動していくと、学校や先生と交渉することがとても多くなります。
主催は卒対委員会あるいは卒業生とその保護者、となるのですが、会場は小学校の体育館でお招きするのも先生や地域の方々、卒業生(というか6年生たち)は授業だってあります。費用を集めるのに口座を使わせてもらったのは有り難かったのですが、口座を使用するということは事務の方の手も煩わせることでもありました。先生方に招待状を配るにも地域の役員さんの住所を知るためにも教頭先生に質問。学校への寄贈品を決めるにも学校側の都合も考慮しなくてはなりません。

人の顔色をうかがってしまう私としては、こういう学校との折衝はとても頭の痛いことでした。
校長、教頭なんていったら、人格高潔なすばらしき方々、というすり込み?もあります。
事務の方にしたって、お給料もらってやっている仕事のかたわら、保護者のあれこれに携わってもらうのですから恐縮していました。
年度初めに、1番お世話になるであろう6学年の主任にご挨拶したとき、先生がとても気さくにお話してくださったときは本当に心強く感じたものでした。

が。
活動していく内に色々な違和感を感じることになりました。
事務の方は私の目を見て話してくれない。質問して、答えてもらっている時も目はあっちこっちを泳いでいます。 学年主任の先生も素っ気なくなってくる。教頭先生に質問しても頼りない返事ばかりで間違っていることもしばしば。なんで?と思っていると、私たちが詳しく聞かないから、みたいなことになる。
などなどで、これは私が相手の顔色をうかがいすぎで、かえって相手の反感を買っているのかと思ったのですが、私以外の卒対役員が交渉にあたっても同じ事でした。

これは卒業間近にわかったことですが。
教頭も事務の方も、謝恩会の費用を集めるにあたって口座を使用することに後ろ向きだったのでした。事情があって給食費も滞納する家庭もあるわけですから、謝恩会の費用だって同様です。滞納するつもりがなくてもうっかり口座の残金が…ということもありますね。そんなこんなで煩雑になったり、督促に手を貸すようなことは避けたいという意向があったようです。

それならそうと、年度の初めに言って欲しかったというのが私の気持ちですが。
最初にいい顔で協力しそうな雰囲気を漂わせながら、開催前後に「だから○○だと思っていた」みたいな発言をされて、私は情けないことに相当落ち込みました。
すれ違ったのは口座の件に限らず、ちょっと一言いってもらえればこちらも対応したのに、ハイハイと受けておいて、実は……という対応をされることが度重なり、学校への不信感をもってしまったのは悲しいことです。
一時は、心の病気になってしまうかと危惧したくらいです。心配している内は大丈夫なのかもしれませんが……。買い物に行くと家に帰りたくなくなり、帰っても夕飯つくる気力がわかなかったり。ちょっと座る暇でもあるとぽろぽろ泣いていたり。子供たちには申し訳ないことをしたと思っています。

そんなこともありましたが。
謝恩会は大成功でした。
なにをもって大成功というか? 
勿論、ケガも事故もなく終わったので大成功です。

公民館から数十もの長机を借りて運搬して、体育館も併設のトイレも有志の保護者の方に協力してもらってきれいにお掃除してから会場設営できました。
6年生によるアトラクションも、先生方の合唱も、保護者による歌も、スライド上映もつつがなく。失敗も笑いをとれれば成功です。

今では、大変だったよねー! でも頑張ったね! と笑って懐かしく語れます。
副委員長だったHさん、Hさんが急遽つれてきて仲間に引き入れたTさんは大切な友人となりました。(6学年のではなく)教務主任の先生が意外に…といっては大変失礼ですが…とっても面倒をみてくださり、切れ者の風情からは意外なほど気さくに融通をきかせてくださり、とても助かりました。
その若さで教務主任とはたいそうな切れ者だわ……と少々敬遠していたのは昔。今では学校で会うととっても気さくにお話できるようになりました。

楽しい、おかしいだけで終わるお仕事はなく。
大変なこともあるから団結できて達成感を味わえるのでしょう。
なかなか経験できないことを体験しました。
……もう、卒対はまっぴらとは正直思いますけれども。学校行事の中でね、6年生と先生方や地域の方々は別れの行事をやっているのですよね。そこに保護者も加わりたいという気持ちもあるかもしれませんが、なくてもいいのじゃないかと思います、正直。
お金を出す方も集める方も大変ですし。お金ばかりじゃないです、黙って座っていては椅子も机も会場もお菓子も魔法のようには準備できませんから。

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コメント

 小学校でも謝恩会というものがあるのですね。
 それにしても「卒業対策委員会」とはまたずいぶん仰々しいネーミングですね(笑)。

 
 藤娘さんの
 「黙って座っていては椅子も机も会場もお菓子も魔法のようには準備できませんから。」
 という最後の一言には、文字通り万感の思いが込められていますね。

 私はいつも「おんぶに抱っこはダメ。持ちつ持たれつで行きましょう」と訴えています。
 そして来年のスローガンを「出来るときだけ。できることだけ。」としました。

 藤娘さんの学校でも、校長先生をはじめとする先生方も、あるいは本部役員の皆さんも、皆さんそれぞれの立場で子ども達のために精一杯努力されていることでしょう。
 でも、本当の意味でPTAを支えておられるのは、誰かがやらなければならないことを、黙々とこなしてくださっている各委員長さんであり、各委員さんですよね。
 どうしてそこまで頑なに協力を拒否するのか、と理解に苦しむ方がいる中で、決して表立ってその功績が讃えられることはないけれど、二人分・三人分もの責任を担ってくださる方々がいて、その方々のおかげで成り立っている組織のなんと多いことか……。

 藤娘さん、これからもいろんなことがあって、許したくない人も出てくるかもしれないけれど、そんな時は、きっと誰かの役に立ってるハズと想い定めて、顔晴(がんば)ってくださいね。
 


 

投稿: Jay | 2006年1月29日 (日) 15時57分

Jayさん
いつもあたたかなコメントをありがとうございます。

先生も本部役員さんも、大変な任務をこなされていると思っていますよ(^^)
私自身の勝手な思い込みがあったが故に「うっそ~~~!」と叫びたい事態にもでくわしてしまいましたが、それは私から見た側面でしかなく、冷静にみれば皆さんがそれぞれの立場で最善をめざして日々送っているのですよね。

口先だけかもしれないけれど、と~~ってもねぎらってくださったお母さん方がいて、助けて下さった先生がいて。
それだけで十分な報酬です。
しかも強い絆で結ばれた友人までできちゃったわけですから、役員やらなかった人は残念ね、という気持ちもあるんですよ。

Jayさん、これからも素敵なお話を読ませてくださいね。楽しみにしております。

投稿: 藤娘 | 2006年2月 1日 (水) 00時09分

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