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昔の話:息子の入院と耳鼻科と義母

イギリス滞在中の医師のお子さんが具合が悪くなり、イギリスの医療制度の中で適正な治療を受けられずにすぐに帰国、結局は川崎病だった(治療は間に合ったそうで後遺症はなし)、というお話をこのサイトで読みました。
サイトを開いていらっしゃるご本人は日本の医療制度の素晴らしさを説き、とかく欧米に憧れがちな日本の風潮に警鐘をならしていると思います。
……が。
私はそのお話を読んで日本の医療制度の行く末に恐ろしい不安も抱きましたが、脈絡もないどうでもよいことを思い出してしまいました。
それが、今を去ること10年くらいまえ、息子が小学校にあがる直前に入院した時のことです。

前置きが長くなりましたが(笑)、愚痴です。
別に医療制度云々というお話ではありません。

もしかしたら、以前にブログに書いたような気もしないではありません。
ざっと見返してみたのですが分からなかったので、書きます。
2度読みになったら、読んでくださった方には申し訳ないです。
それくらいキョーレツな思い出だということでお許しくださいませ。

* * * * * * * * * * * * * *

息子はよくいびきをかいていました。
私の母がその様子を見て、無呼吸になっている時がある、と騒ぎました。
私はいびきのひどさはわかっていても、無呼吸になっているときがあるとは思わなかったのですが、実家近くの耳鼻科を受診しました。

耳鼻科では、無呼吸になるのであれば扁桃腺を切除したほうがよい、というお話をうけました。
一旦鼻が詰まるとなかなか治らない子で(幼い子というのはそういうものではないかとも思うのですが)、自宅近くの耳鼻科では「蓄膿症」とも言われていました(この診断には親として大いにへこみました)。

息子の年齢で扁桃腺手術となると全身麻酔ということでした。
看護婦の母が、全身麻酔ならば病院(医師、設備)を選んだ方がよいというので、色々探しました。
病院の医師や設備もさることながら、入院している間、付き添いがどうなるのか? 下の2人の子供たちをどうするのか(誰が面倒をみるのか)、ということも大きなモンダイでした。

義母(オットの母)の姉が国内にいくつか病棟を持っている大きな病院の総婦長さんなので、何か情報を得られないかと義母にも息子の病状を説明し、病院を探していること、入院したら下の子どもの世話をお願いしたいことなどを電話で伝えました。
義母がお姉さんに連絡をとってくれたのかどうかは知りませんが、その筋からの情報はまったくありませんでした。
私からは毎日のように、今日はこの病院に問い合わせてみた、受診してみたなどという連絡をとりました。
それもこれも、義母の助力をもらうからには全てを伝えなくては失礼になると判断したからです。

幼い子どもを3人抱えながら、初めての病院選びで気ばかり焦り、こんなに大変な思いをして頻繁にあるように思えない無呼吸症候群を取り除くべきなのかどうかと悩みもしました。全身麻酔で万一の事故があったら、という心配もありました。
そんな日が何日続いたのかもう記憶にありませんが、12月前後頃に初めて実家近くの耳鼻科を受診して、入院・手術を要するならば小学校に入る前の春休み中がいいだろうと動いたのですから密度の濃い期間だったと思います。
千葉県の野田市に、いびき研究で有名な医師の娘さんが開業していて、そちらに相談に行ったり。
都内の国立小児病院にも行きました。1日がかりで大変でしたが医師も看護婦さんもとても対応がよく、涙が出そうでした。そこではレントゲンを撮ってもらい、自宅近くの医院で診断されていた蓄膿症というのはまったく根拠がないことを知りました(レントゲンを撮れば診断できるというのも初めて知りました)。

結局は、息子の手術は実家近くの病院で受けることになりました。
実家から歩いて3分の距離にあること。
近所の耳鼻科の医師が執刀し、毎日回診してくれること。
麻酔医は都内の病院から専門医がくること。
などが決め手でした。

が、こうして決定するまでが、何度も言いますが大変だったのです。
幼子を抱えていた私は今よりずっと若かったですが、今よりしょっちゅう体調を崩していました。それくらい、育児って体力勝負なのです。
病院選びをしているときには倒れませんでしたが、体力・気力共にいっぱいいっぱい。神経がはりつめていて、ちょっとつつかれたら爆発しそうだったと思います。病院は慎重に、でも早急に選ばなければいけないし、我が子に不安感を与えてはいけません。
義母に気を遣いながら毎日電話して……

と、いうある日。

焦れた義母が言いました。

 ねぇ、いつになったら入院するの?

 あなたは私に手伝って欲しいって言ったけど、一体どうなってるの??

 私は手伝わなくていいってこと?

びっくりしました。
毎日状況を知らせているし、私が思ったこと、感じたことなども伝えていたのに。
手伝いがいらないなんてことはないこと。助けてもらわなければ入院するわけにいかないことを話し、なかなか日程が決まらなくてすみませんと謝りました。
電話を終えた私は泣いてしまいました。
心配で大変なのは私のほう。毎日連絡して全てを伝えているのに、なんで怒られなくちゃいけないのだろう。謝らなければならないのだろう。

でも息子が慰めてくれました。

 おばあちゃんにいじめられたの? 大丈夫だよ、元気だしな

私の話したことだけしか聞かれていないのに、「いじめられたの?」って私の肩をもってくれたんです。
優しかったなぁ、あの頃の息子は! シミジミ。

息子は無事アデノイドを切除し、麻酔事故もなく、それ以降いびきもなく、すこぶる元気です。
レントゲンも撮らずに小児蓄膿症と診断した耳鼻科にはそれ以来行っていません。
無呼吸症候群がある、といって受診した国立小児病院からはその後、「どうされましたか」と電話をもらいました。よその病院に入院することを申し訳なく思いながら話すと、電話口の看護婦さんは優しく、安心しましたと言ってくれました。

今思えば、義母には途中経過は必要なかったんですね。
人間てどこで意見や感情がすれ違うか分かったものではありませんね。
具合の悪い子を抱えて、その心配だけでなく義父母への配慮まで必要というのは、本当に頭のいたいことです。

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