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2008年1月

両親、相撲を見にいく

初場所が始まって数日目の大相撲を、両国の国技館へ両親が見にいきました。

発端は、オットが入手した枡席チケット。
「枡席のチケットだから、初石へ渡しておいて」
初石、というのは私の実家の町名です(笑)。
ふ~ん? と封筒に入ったものを出してみると、4枚綴りみたいになっていて、それぞれに1万円以上のお値段が印字されています。

こんな高いの?

うん、お茶屋のサービスがつく席だともっと。

とこともなげに言われ、実家に持っていきました。

時はお正月。
帰省していた妹夫婦も加わって、椅子席に座ったことある、とか、枡席は4人席となっているけど4人で行くと身動きとれない、などなど、ああだこうだ。
2人で行くべきなの? と心配しましたが、母はせっかくだからと静岡のきょうだいに電話して、あと2人を誘おうとしています。

結局母の姉と、弟の奥さんが静岡から出てきて4人で見にいきました。

ちょうどその日は私も宝塚観劇だったので、相撲中継を録画することも忘れてしまったのですが。

母たちが座った枡席は花道のすぐ近くで、テレビ中継画面にしっかり映っていました。
母達は念のためということで録画予約もし、実家近くに住む私のいとこや、静岡の親戚宅でもテレビで母たちを探していたのでした。

相撲観戦は勿論、国技館だって初体験の母たち、両国の駅でおりてお洒落なレストランで海鮮丼を食べた、という話もよくきけばチェーン店の居酒屋だったのですがそれはあえて指摘せず(ランチを楽しくおいしくいただけてようで何よりでした)、国技館ウオッチング、観客ウオッチング(近くに内舘牧子がいたとか、ドクター中松がいたとか)の話から始まり、

何より笑えたのは見にいった全員が、相撲観戦は半分で、行司さんがどう、とか、お相撲さんがまく塩はどう補充されるか、とか、パフォーマンスする時にかけ声がかけられる、とか、館内で何が販売される、とか……「相撲豆知識」みたいなことに目が行っていたことでした。

母の姉が相撲が大好きで、関取の顔の見分けも勿論つくし出身地も知っているし、あのお相撲さんは足の裏がきれい、とか、負けると悲しそうに退場していく人がいる、とか解説者みたいに物知りで(少なくとも私や母から見ると)、枡席を堪能してもらえたようなのが私も嬉しかったです。

もう、生きている間に国技館へ行って相撲見たり枡席に座ることなんて2度とないよ、ありがとう

なんて、80近いおばに言われてしまって……

母ともう1人のおばは、「今度行ったときはチップも払ってサービス受ける」って息巻いて?いますけれどね(笑)

見た本人たちも、その家族も、お土産話やテレビ画面で2度も3度も楽しめた初場所でした。

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名付け役

20080109 1月9日にひきとった黒猫クン、蒿里。

名前が決まるまで日数を要しました。

先住猫・小鉄はオットが命名。
「じゃりんこチエ」に出てくる小鉄に顔の模様がそっくりだから、ということで、家族も了承。
(今思えば、当時は家族がそれぞれ勝手に飼いたい猫種と名前を妄想していたから、息子がフライング気味に見つけてしまった小鉄の名前については考えるゆとりがなかったのかもしれません)

蒿里をひきとる時は。
飼う? どうする? いつ引き取る?
と相談する余裕があったので、雄の黒猫に名付ける名前について、またもや家族それぞれのドリームが広げられました。

ノアールにしようと決めて引き取りに行った私が、一目見て「ノアールじゃないな」と思ってしまったのがきっかけのように、ああでもない、こうでもないと二転三転。

候補としてあがった名前は、
ノアール(鎌田幸美さんのマンガから)、はんきょ、とうてつ(以上「十二国記」)、ムギ(ダーティー・ペアより)、総司(水さまが演じたから)、かしげ(斜めって歩くから)、ハテナ(名無しのまま2回獣医へ通い、カルテに「?」とあったことから)、マオ(グインの世界では猫のこと。長女にとっては「ダーカーザンブラック」とかいうアニメに出てくる黒猫)、
……などなど。
もっとい~っぱい、無責任に思いつく限りの名前をだしました。

それでも大抵、名前で悩んでいる場にオットは仕事で留守。
オット不在の場で「蒿里」に決定したわけですが。

先日オットが雄叫びました。

「この家で俺が名付けてないのは蒿里だけだっ」

そうでした。
3人の人間の子どもは、オットが名付けました。
使いたい漢字には私の意見も反映されていますが、その漢字を使うなら…と名前を決めたのはオットです。
勿論、私の名前は除外ですが。

ちょっと残念だったかもね。

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陽月華さん、骨折

このところスカイステージのタカラヅカニュースは真面目に見ていなかったのですが。

さっきびっくり。

陽月華さんが、稽古中に左足首を骨折して、休演だなんて。

轟さんもご出演の舞台、楽しみにしていたのですが。

代役は和音美桜さん?(あまりびっくりしたので、なかなか文字を追えませんでした)。

足首の骨折がダンサーにどういう影響を与えるのかは門外漢でまったくわかりませんが、じっくりしっかり治して1日も早い回復(復帰)をと願うばかりです。
え?
矛盾してます?
いいんです。

ケガはこわいですね。
ジェンヌさん皆様、事故のないように……。

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成長と歩み寄り

公園に落ちていた小鉄と暮らすようになって4年とちょっとが過ぎました。

2匹目なんてとんでもない! とかたくなだったオットの、どういう気まぐれ?なのか、念願の2匹目の猫・蒿里(こうり)をひきとったのが今年の1月9日。

引き取った翌日、先住猫の小鉄は蒿里と同じ部屋には寄りつきませんでした。
来るのはご飯とトイレだけ。
あとはさむーい北向きの部屋でうずくまっていました。
勿論、蒿里が近付くとシャーシャーフーフー威嚇して大変でした。
(これは気の弱い猫が発する声だ、とものの本で読みましたが)

こんな日々が続くのならば蒿里をひきとるのをあきらめたほうがいいのかも?
と思ったのですが。
日、1日と小鉄の態度が軟化してきました。

生後1ヶ月くらいらしい蒿里は、遠慮とか手加減というものを知らないので、小鉄に追っかけられたり叩かれたりの日々ではありますが、まぁ教育ってことですよね。

小鉄お気に入りの私のコートで一緒に眠ったりするようになりました。
0801withkotetsu 写真は撮れませんでしたが、小鉄が蒿里を毛繕いしてやる一瞬もありました。
……その一瞬後には、遠慮をしらない蒿里が爪をたててしまったので猫パンチをくらって小鉄退場、となってしまいましたけれどね。

小鉄のすること全てが蒿里のお手本らしく、蒿里専用の小型ケージの中にトイレもエサ皿も用意してあったのですが、小鉄と一緒のトイレで用を足し、小鉄と同じ場所(お風呂場)で水を飲み、小鉄のフードを食べるようになりました。
フードは、蒿里は子猫用の高カロリー食を食べてほしいので困っているのですが、エサ皿は隣に移しました。
一緒に食べているところを撮影しようとすると、小鉄がいなくなってしまうこと数回、やっと成功しました。
0801shokuji ……うちの猫たち、どっちもモノクロです(笑)

こうやって並んで食べているときは、それぞれのドライフード(いわゆる「カリカリ」)を食べています。
でも2匹とも盛られているエサをその都度完食するわけではないので、小鉄の皿は小鉄がいなくなったら猫がのぼれない所へ下げておきます。
そうしないと、蒿里が食べてしまうのです。
その逆の、小鉄が蒿里のを食べる、ということはないんですけれどね(小鉄は結構、食べ物に関しては変化を嫌います。おやつの類は一切嫌いだし、猫缶も食べません)。

蒿里をひきとって3日目くらいだったかな、オットが言いました。
「念願の黒猫はどう?」
……黒猫飼いたい、と呟いたのを覚えていたんですね。
結構、私の何気ない一言を覚えている人です。
私はその時その時で結構気が変わる自由人なんですけど(爆)
最後の画像は蒿里のアップで。
0801kouri

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クリスマスから新年にかけてのケーキ

フランス菓子教室で習ったケーキたち。

似たようなケーキばかり作っている、という気もしないではありませんが、数をこなすことに意味があるのだなぁと実感しました。

プリンも写真を取り損ねてしまいましたが、何度か作りました。
おかげでカラメルを作るのがあまりこわくなくなりました。
卵黄のグラム数が作るたびに少しずつ違うのですが、出来上がりには支障がないようです。私の味覚ではわからないだけ、かもしれませんけどね。

まずはクリスマスに作ったケーキ。

20071225cake2 いちごのショートケーキです。

生クリームにも生地にもキルシュがきいていておいしいですよ~。 と自分で言ってみる(笑)。
でも、この時は生クリームを電動ホイッパーでたてていたのでうっかりたてすぎてしまい、デコレーション部分がギザギザしています。
これは職場に半分持っていって、食べて貰いました。

次が元旦。実家に妹家族が来ていたので食べて貰おうと頑張りました。

20080101cake 同じくいちごのショートケーキ。
わかりづらいかもしれませんが、いちごと一緒に洋なしのコンポートものせてあります。
これは洋なし(ラ・フランスを使いました)を赤ワインとシナモンスティックとナツメグと砂糖で煮たものです。教室の先生にルセットをいただきました。ナツメグの量がいい加減になってしまい、少々怪しいしろものとなってしまいましたがおいしかったです。これは写真を取り損ねてしまいました。妹夫婦に好評で嬉しかったです。下手に洋なしの缶詰を買ってくるより、ケーキなどに使うなら自分で作った方がおいしいかもと私自身も思いました。ちょっと手間ですけれどね。

生クリームはホイッパーでたてました。疲れたけれど、失敗なくできました。
キルシュが入っているけれど、小学2年生と幼稚園生の姪っ子たちもまったく気にならず食べてくれて、
「スポンジも自分で作ったの? 買ったんじゃないの?」
と驚いてくれて嬉しかったです。
妹からは、サンドするのは1段ではなくて2段くらいサンドしてよという注文が。
ホールの時に写真をとりわすれ、もう食べるよと言うときに 「あ~!」 と私が思い出したら、母が画像のようにならべてくれました。
写真うつりのいいケーキ皿、私もほしくなっちゃいました。

次が1月4日作成のケーキ。

20080104cake キャラメルのシフォンです。

生地と、添えてある生クリームにもキャラメルが入っており、食べるときには更にキャラメルをふりかけます(って先生の受け売りですけど)。

ふわっふわのシフォン というよりは、ちょっと重みのある食感、と先生に言われ、習ったときはそうだったのですが、自分で作るとその重みがややたりないような……?
でもおいしいからいいかな。
これは職場に持っていって、殺風景な休憩所で、お皿の代わりにラップでしたが同じようにトッピングをして食べて貰いました。

続いて1月5日にも。

20080105cake 同じくキャラメルのシフォン。

5人家族の我が家、職場に持っていくと4分の1以上が減ってしまうので子供たちに悪いなぁといつも思っています。で、練習にもなるしと続いて作ってみたのでした。

1月4日のもこの5日のケーキも、どちらにもベーキングパウダーは入れていません。
先生に、念のために入れるだけで卵白をしっかり泡立てられればベーキングパウダーはいりませんよと習ったので、冒険してみました。
結果はこのとおり。いや~、嬉しいです。

こんなふうに作って食べていたわけで。

太ってしまいました。友人に指摘されたし、自分でもジーパンをはいたときの感触でちょいやば? と思っていましたが。
ま、当然の結果ですね。

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おじの葬儀

おじの葬儀に行ってきました。

と言っても、遠い親戚筋にあたります。
成俊おじの母(80才すぎ)と、私の祖母(昨年103才で永眠)がいとこ……だったかな?
でも血のつながりというのはなかなかで、おじの顔は母の兄弟たちに似ているし、葬儀の席ではあのひと○○ちゃんにすごく似てる! なんてことが。

通夜には800人がお焼香に来てくださったとか。
住職さんがお帰りになられてもまだまだ焼香の列は続いていました。

私も、通夜の日は仕事帰りの母と待ち合わせて行ったので1時間ほど遅れて到着。
そのなが~い焼香の列の最後の方に並びました。
母は親族席へ。
私と、仕事帰りに来た夫の焼香が終わった時、お清めの席も満席状態で廊下に人が溢れるほど。
これは帰った方がいい、時間をやりくりできるような椅子があるわけでなし、と夫に即決されて帰途に。

小岩の駅に着いたとき、これでは私は今日何のために来たのだと少々疲労感がわいてきました。
母の道案内?
おじにお別れを言うことも出来ず(勿論お焼香しながら心の中ではご挨拶したけれど)、親族のはしくれだというのにこのまま帰るのか、と。
そんなことはない、気持ちの問題だからと考え直し、家には子供たちも待っているしとせっせと帰宅。

翌朝、告別式のために7時半に家を出ました。
告別式では親族席に座らせてもらい、おじのお顔も拝見させてもらってお別れをすることができました。

12月に入って入院したものの、年越しは自宅でし、また再入院。病院に向かう前に講演をした地元の小学校を回ると先生方が出てきてくださってお別れをしたとか。
病院にも歩いて入っていったのだと。
明日になると声が出なくなるから今日の内にみんなに会いたい、
とおじ自らの希望でお別れを言った翌日には本当に声が出なくなった。
声が出なくなり意識ももうろうとし始めても耳だけはちゃんと聞こえていて、見舞いに来た人間が名乗るとおじが手を伸ばしてきて、握った手を胸に持っていったりほおずりしたり、ということがあったとか。

マイクも使わず椅子にも座らない講演をしつづけたおじ。
全部で79回だったとか。
時には息子さんに弱音をもらしたこともあったらしいです。
でも最後には「癌になってよかったかもしれない。癌にならなければ会えない人達といっぱい出会えたから」と言ったそうです。
それに対して息子さんが、
「それは違う。癌になったひと全てが命の講演をするわけではない。今までのお父さんの人生の積み重ねがあったからこそ、講演をしようと思い立ち、出会いが生まれたのだ。お父さんはそういう使命をもっていたのだ」
と返して、おじは笑っていたそうです。

命を、人間を大切にしようと説いて力一杯生きた。
でも、長生きできればもっともっと楽しいことがあったはず。
それが口惜しい。

と、おじの兄が献杯の挨拶で言った言葉は深いです。

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バレエの発表会

1月14日は、次女が通うバレエ教室の新年の発表会でした。

今までは前日にリハーサルがあったのですが、今年はなしということで。

正午に楽屋入り、開演は18時でした。

新年の発表会は簡素化されています。

生徒さんたちはいつものレオタードにチュチュをつけただけ。
化粧もしません。

それぞれのクラス毎に踊ります。

祖父母を要望どおりに呼ばなかったためか、次女はぶすったれることもなく、客席を睨むこともなく踊っていました。
親ばか度をこういうときに発揮しなければいつ披露するのか、と思いますので、思いっきり我が子びいきで鑑賞してきました。
上手で、可愛かったです。
今年は男の子も一緒に踊るので、男の子の腕につかまってくるっと回ったり、バランスをとったりするのも素敵でした。

長女は受験勉強に専念するため、去年の夏の発表会を最後にお休みしています。
続けていれば長女が在籍していたであろうクラスの生徒さんたちの演目は、フックトオンクラッシックというのでしょうか、クラッシックをアレンジした軽快な曲。
なかなか高度な振り付けを、時にコミカルに、演技力たっぷりに皆さんが踊っていました。
たぶん、うちの長女では踊りきれないだろう、見ていたら心臓に悪いであろうとはっきり予想できる曲でした。
が、やはりそこに長女がいないさみしさがまざまざと。

高校が第一希望に受かっても、滑り止めの学校になっても、元のバレエ教室に通うのは不可能に近いので、一層切なくなってしまいました。

プロになってほしいとかはないですが、長く続けてほしいなぁと、しみじみ思った発表会でした。

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合格通知

年子の兄妹がいますので、去年に引き続き「高校受験生の母」をやっています。

2年連続ってどう?

と、主婦仲間からもよく聞かれます。

どうこもこうも、やっぱり大変です。
将来の展望がまったく違いますし、性格も違いますし。
まぁこの時期にはこれやって、ああなって、という漠然としたタイムスケジュールがわかるのは助かりますが。

娘はスロースターターなので更に大変でした。
11月、12月に入っても高校説明会に行っていました。
(息子の時にはしていません)

それでもとりあえず、1月10日に滑り止めの高校を受験してきまして、
本日合格通知が届きました。
栃木県の、山の中にある私立高校です。
入ったら部活に入ることすら許されずに勉学にいそしむコースです。
いわゆる「確約」というものが事前の個人面談でもらえていましたが、受験して合格通知をいただかないことには安心できませんでしたから、これで一安心です。

第一志望の高校は芸術系なので、入試もアートな方向です。
なので、合否ラインがまったく読めません。
胃が痛いです。
勉強するのは娘ですから見守るしかありません。
というわけで、朝まで飲んだくれたり、子猫といっしょにまったりしている母ですが、やっぱり心配です。
なるようにしかなりませんが、私の高校受験よりは本人が色々高校を吟味していますし、納得のいく高校生活を送れるといいなぁと思っています。

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新しい家族

200801122 黒猫ちゃんをひきとりました。

2007年末、落ちていたのをある方に拾われ、

数日前に我が家に家族として迎え入れました。

先住猫として、3才4才ちょっとの小鉄がおりまして

一人っ子状態で育った小鉄が微妙な態度をとっているので完全にはまだまだ目が離せない状態ですが、少しずつ小鉄の態度が軟化しているように見受けられるので時間が解決してくれるものと思います(願います)。

新入りの子猫は。

全体的に黒色。
でも足の辺りに白い毛がはえてきたので、将来的にはグレーっぽくなるかも、という獣医さんの見立てです。

精密検査はこれからになりますが、元気いっぱい、やんちゃな男の子です。
甘えたさんで、私のひざがお気に入りの様子(ここ数日、お世話しておりますのでね)。

家族でさんざん悩み、紛糾した結果、やっと名前が決まりました。

蒿里(こうり) です。

十二国記に登場する黒麒麟から名前をいただきました。

行方不明になってしまう不吉な名前?

いえ、絶対あちらの蒿里にもこちらの蒿里にも幸せになってもらいますとも!

というわけで、よろしくお願いしまーす。

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2008年ですね

とっくに松もとれてしまいました。

2008年ですね。

平成でいうと 20年です。

平成20年……すごいです。

昭和の最後の年、私は現役で働いていました。

平成2年に結婚して、いろいろありまして……

夫1人、子ども3人、猫2匹と暮らしています。

2匹目の猫は「ならし期間」ですが、先住猫と是が非にでも仲良くしてもらって一緒に暮らすつもりです。

さて、私は年賀状を1枚も書かないまま本日を迎えています。

実は昨年の緑かがやく5月に祖母が103才で他界しましたので、喪中にあたるかもしれません。
それでも賀状を普通に出すつもりではいたのですが、なんだか出遅れて、寒中見舞いにしたほうがいいの? でも賀状があるのに なんてウダウダしている間に日が経った、というホントにどうしようもないくらいな私らしい新年の幕開けです。

こんな私ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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