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おじの葬儀

おじの葬儀に行ってきました。

と言っても、遠い親戚筋にあたります。
成俊おじの母(80才すぎ)と、私の祖母(昨年103才で永眠)がいとこ……だったかな?
でも血のつながりというのはなかなかで、おじの顔は母の兄弟たちに似ているし、葬儀の席ではあのひと○○ちゃんにすごく似てる! なんてことが。

通夜には800人がお焼香に来てくださったとか。
住職さんがお帰りになられてもまだまだ焼香の列は続いていました。

私も、通夜の日は仕事帰りの母と待ち合わせて行ったので1時間ほど遅れて到着。
そのなが~い焼香の列の最後の方に並びました。
母は親族席へ。
私と、仕事帰りに来た夫の焼香が終わった時、お清めの席も満席状態で廊下に人が溢れるほど。
これは帰った方がいい、時間をやりくりできるような椅子があるわけでなし、と夫に即決されて帰途に。

小岩の駅に着いたとき、これでは私は今日何のために来たのだと少々疲労感がわいてきました。
母の道案内?
おじにお別れを言うことも出来ず(勿論お焼香しながら心の中ではご挨拶したけれど)、親族のはしくれだというのにこのまま帰るのか、と。
そんなことはない、気持ちの問題だからと考え直し、家には子供たちも待っているしとせっせと帰宅。

翌朝、告別式のために7時半に家を出ました。
告別式では親族席に座らせてもらい、おじのお顔も拝見させてもらってお別れをすることができました。

12月に入って入院したものの、年越しは自宅でし、また再入院。病院に向かう前に講演をした地元の小学校を回ると先生方が出てきてくださってお別れをしたとか。
病院にも歩いて入っていったのだと。
明日になると声が出なくなるから今日の内にみんなに会いたい、
とおじ自らの希望でお別れを言った翌日には本当に声が出なくなった。
声が出なくなり意識ももうろうとし始めても耳だけはちゃんと聞こえていて、見舞いに来た人間が名乗るとおじが手を伸ばしてきて、握った手を胸に持っていったりほおずりしたり、ということがあったとか。

マイクも使わず椅子にも座らない講演をしつづけたおじ。
全部で79回だったとか。
時には息子さんに弱音をもらしたこともあったらしいです。
でも最後には「癌になってよかったかもしれない。癌にならなければ会えない人達といっぱい出会えたから」と言ったそうです。
それに対して息子さんが、
「それは違う。癌になったひと全てが命の講演をするわけではない。今までのお父さんの人生の積み重ねがあったからこそ、講演をしようと思い立ち、出会いが生まれたのだ。お父さんはそういう使命をもっていたのだ」
と返して、おじは笑っていたそうです。

命を、人間を大切にしようと説いて力一杯生きた。
でも、長生きできればもっともっと楽しいことがあったはず。
それが口惜しい。

と、おじの兄が献杯の挨拶で言った言葉は深いです。

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