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2011年3月

計画停電、幕開け

私は埼玉県在住です。
計画停電についての詳しい地区分けを知ったのは今朝です。

都内へ出勤する夫を最寄り駅へ車で送ってはじめて、始発から運休しているのを知りました。戻って着替えて、自転車で出かけていきましたが、はてさてどこまで行く気なのだか……

私も娘も都内でバイトをしていますが、動いている電車の駅まで行くのは(2~3時間歩くのを覚悟すれば別ですが)至難のわざ。…これは当分、働けないかもしれません。

ガソリンスタンドも、軒並み在庫切れのようです。私は土曜日の午後に満タンにしていらいあまり車を使用していませんが(帰宅困難者となった娘をちょっと遠くまで迎えに行くために偶然満タンにしたのでした)、市内の友人は「 どこのスタンドもだめで給油できなかった 」と昨日夕方いっていました。

職場も家も失っていないばかりか、今は暖房のきいた部屋でニュースを見ながらパソコンを使っていますが、この計画停電はなかなかに市民生活に打撃を与えるのではないでしょうか。もちろん、関東全部が大停電となるよりはぜんぜん、マシだとは思っていますけれども。

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東北太平洋沖地震

2011年、3月11日金曜日午後

いくつもの地震が日本を襲ってしまいました。

亡くなられたり被災された方々と比べるつもりは毛頭ありませんが、地震の覚え書きとして書き留めておきます。仙台市に住んでいるお友達が2名いますが消息がわかっていません。迷惑承知で携帯メールを送信してみましたが返信はありません。新聞やテレビを見ていて泣けてきます。命があるのは素晴らしいことだけど、家もなにもかも失って……本当に本当に、ただただ祈るばかりです。

その日私は仕事はお休み。
自宅から車で30分のところでお菓子教室の真っ最中でした。これからロールケーキの生地をオーブンに入れるよ、という時に びよよん、びよよん、 と不協和音のような音が。先生と2人、なんの音?外?? と言っているうちに揺れがきました。防災無線の音だったんですね。あまりの揺れに外へでました。私の自家用車、デリカがゆらゆらとゆれていました。教室は4階だったかな?まっすぐに歩けない、ということを生まれて初めて体験しました。あんなに大きな長い揺れも初めて。正直、死ぬかと思いました。

レッスンを切り上げて15時ちょっとすぎには車を運転していました。30分の道のりなのに帰宅するまでに1時間半かかりました。
中学生の娘は校庭に避難してそのまま帰宅となり無事。大学1年の息子は地震が来たときには在宅だったものの、バイトだからと律儀に最寄り駅へ行き、電車が不通なので公衆電話から職場へ連絡して帰宅。ただ1人、高校3年生の娘が登校日だったために所沢方面から帰宅できなくなりました。お友達のおうちに泊めて頂き、翌日帰宅したのですが、この娘と連絡をとったり動向をどうするか定まるまで本当に心配しました。公衆電話からかけた夫がいち早く連絡がとれたようですが、私が重宝したのがmixiです。iモードも繋がらないなか、mixiだけが繋がり(途中、怪しいときもありましたが)つぶやくことで連絡をとりました。あとで聞けば、娘は友達と密に連絡がとれていたようです(でも、開放されている学校は泊めてくれないだろうと情報が出回って誰も戻らなかったとか)。
子供たちと、万が一の場合にどう行動するかをしっかり話し合っておかないといけないと思った次第です。

家の中は、台所は何もおちなかったのですが、リビングや子供部屋やら、棚からものがおちまくり、本棚から本が落ち……ものと埃で大変なことになっています。2匹の猫のうち、1匹は隠れてしまって数時間出てきませんでした。つぶれてなくて本当によかったです。でも猫たち、今日になっても神経質になっていて抱っこしていないと走り回っています。

日曜日の今日は午前中、都内の仕事に行ってきました。揺れを感知するたびに止まる電車ですが、銀座には人がいるし、レストランである我が職場にもお客様がいらっしゃいます。なんだか違和感があって……落ち着きません。

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